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ブラームス

ブラームス交響曲第四番に関する基本事項

投稿日:2019年4月23日 更新日:

ハンブルクにあるブラームスの彫刻、老年期の顔

ブラームスが亡くなる12~13年前の作曲。

交響曲第5番以降がないのか残念でなりませんが、この4番が作られた50代の初めが、ブラームスのある種の情熱というか大曲の創作に挑む意欲のようなものの頂点だったのかなと思います。素人の当てずっぽうですが。

とても繊細で優しい、どこをとっても愛おしい、地球上にある音楽の最高傑作です。

交響曲第4番ホ短調作品98(Sinfonie Nr. 4 in e-moll op. 98)

作曲

期間:1884年夏(第1&第2楽章)、1885年夏(第3&第4楽章)
場所:シュタイアーマルク地方ミュルツツーシュラーク

初演

1885年10月25日
指揮:ブラームス自身
演奏:マイニンゲン宮廷管弦楽団
場所:マイニンゲン

当時の評価

  • マイニンゲン楽長ハンス・フォン・ビューロー「難しい、本当に難しい」「すごい、本当にすごい。まったく独特で、まったく新しく、びくともしない個性。最初から最後まで、他に類を見ないエネルギーが息づいている」
  • マイニンゲン第2楽長リヒャルト・シュトラウス「ひとことで言えば、我々の音楽芸術を豊かにする作品」
  • 新聞『ベルリン急報』楽章が終わるごとに拍手は増大し、「終楽章が終わると、[マイニンゲン]侯爵ゲオルクはブラームスを称えるべく立ち上がり、すべての聴衆もそれにならった」
  • 1886年1月17日のウィーン初演は準備不足でイマイチ。
  • 1897年3月7日、ハンス・リヒター指揮フィルハーモニー演奏会で評価が確立。各楽章ごとに嵐のような拍手で、桟敷席に隠れていたブラームスは仕方なく姿を現し聴衆に挨拶したとのこと。
    ブラームスが自作品を聴いた演奏会はこれが最後。

経過など

ブラームスの通例通り、創作の進捗状況は親しい友人にも語られず。彼のカレンダーに記された、1884年の「第4交響曲、最初の楽章」、1885年の「第4交響曲、フィナーレとスケルツォ」だけが手がかり。

しかし1884年10月にブラームスがウィーンに戻った時には、彼が新作の交響曲に取りかかっているという噂は広まっていた。

時間

約40分。

編成

ピッコロ(第3楽章のみ)、フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2;ホルン4、トランペット2、トロンボーン3(第4楽章のみ);ティンパニ、トライアングル(第3楽章のみ);弦5部。

基本は古典的な2管編成。
付加楽器(ピッコロやトライアングル等)もベートーヴェン第九の範囲内。

特徴

  • 徹底して楽曲分析を行って初めて理解できる、緻密な構成。
  • 耳より目で理解できるところが多い。
  • 旋律主題は「発想」ではなく「操作」で生み出された。
  • 賢者と指揮者のための小さな世界、関連性の魔術。

参考

ブラームスの交響曲第4番についてWikipediaで見る⇒

ブラームスの交響曲第4番をYoutubeで聴く⇒

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